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Be with you

潤くん大好き♪嵐大好き♪嵐くんのおかげで日々充実♪

数えきれないほどの愛をありがとう。 

関東はあまりに天気が良くないようですが、
関西は、ずっと暑いです。そして、とっても空が綺麗でした。
日曜日の早朝、愛犬ラッキーが息を引き取りました。
2月に脳梗塞を発症して以来、毎日の投薬で、びっくりするくらい元気だったんですが。
木曜日の夕方から、急にご飯を食べるチカラがなくなり、
あっという間に、逝ってしまいました。


以下、すみません。
父が亡くなった時は、人間は本当に悲しいと涙がでないんだなって思いましたが。
ラッキーに関しては、泣けて泣けて仕方がないです。
泣きすぎて、涙が止まらなくて、目がずっと痛いです。
なので、続きは、完全にワタシゴトというか、ワタシの回顧録です。
ココに書こうか、それもずっと迷っていましたが、どうしても整理できないので、
吐き出させてください。本当にすみません。長文になります。








2005年12月25日。クリスマスの日に産まれたポメラニアンの女の子でした。
我が家の家族になったのは、4月のGW。
選んだわけではありませんが、とても小さく1.5Kgしかなくて。
成犬になっても、2Kg程度で。彼女にとっては、50gが増えた、減ったのレベルで、
検診で、先生に、これ以上太らないようにって。ホントにちっちゃいポメでした。
うちの息子が8歳だったので、一応、順番では妹になるんですけど。
どう考えても、ラッキーの方が、態度が上で、息子はよく叱られてました。笑
息子が朝出掛ける時だけ、なぜか、めっちゃワンワン吠えて。
きっと、気をつけていくのよ!って、注意していたんでしょう。笑
(ワタシとオットが出掛ける時は、静かにしていたので)



我が家に来てすぐの頃、ワタシと息子が2階に一緒に上がった時に、
ついてきたかったんでしょうけど、なんせちっちゃいので、
階段から落ちてしまって、その時に、てんかんみたいな症状が出て、
慌てて病院に連れていって、その時点で、すでにケロッとしてたんですけど。
その日の診察で、この子は生まれつき水頭症ですと言われ。(ちっちゃい犬には多い)
ワタシは、その日から10年生きてもらえるコトが目標になりました。
それから、10年。脚もか細くて、骨折もずっと心配していたのですが、
心配をよそに、たまにお腹を下すくらいで、大きい病気もせず、
階段を落ちてから、笑えるくらいの石橋をたたいても渡らない性格になり、
この子は、自分からケガをするコトはないなって、安心してました。
10歳の冬に、気付くと、散歩も行きたがらなくなり、身動きもしなくなり、
病院に行くと、子宮蓄膿症を発症していて、あと少し発見が遅れたら危なかったらしく、
選択の余地なく、翌日には手術で。これが彼女にとっては、初めての入院生活でした。
無事退院できましたが、腎臓の数値も高かったので、この時期から、
大好きなジャーキー等のおやつは厳禁。病院で指示された缶詰が唯一のごはんになり。
あまりに可哀想なので、たまにちょっとだけ、大好きなパンやケーキをあげましたが。
基本的には、朝も夜も、缶詰だけで。
今まで好きなものを食べていたので、ツラかっただろうに、ちゃんと守ってくれました。




そして、2年後の12歳の冬に、今度は、股関節脱臼が元で、歩けなくなり。
股関節は、小さい頃に、すでに脱臼していて。でも、自分で上手く治してたし、
(お風呂マットの上にのって、上手く調整してました)
先生も、痛みがないようなら、このままでも、、、というコトで、放置した結果なんですが。
おそらく痛みもあるだろうし、このまま放置していても、一生歩けない。
手術したからといって歩けるかは保証できない、リハビリをがんばれば歩けるかも。
12歳という高齢で、麻酔をかけるコトが心配でしたけど、
もう1度、歩かせてあげたいし、痛みもとってあげたいと思い手術をし、また入院。
ホントね、入院のたびに、ゲージの中から睨まれて。笑
自宅の1階は、制限なくウロウロできたので。ゲージにも入れられないで。
手術は無事成功し、ホッとしたのですが、先生に、脳になにかが起きているかもと言われ。
目の動きがおかしかったようで、指摘され、脳圧を下げるお薬を飲むように。




1ヶ月ほど薬を飲んでいたら、目も正常になり、いったん薬を止めて様子をみたのですが。
その後、2月のある日。ワタシが仕事から帰宅し、待っていてくれたラッキーを見て、
そのまま台所に向かおうとしたら、ラッキーが急に倒れて、カラダが硬直し、
すぐに病院に連れていき、緊急処置をしてもらい、一命はとりとめましたが、
前足に麻痺が残り、今までは、後ろ足が動かなくても、前足でなんとか動けていたのに、
全く歩けない状態になり、本当にツラそうで。
それでも、少しづつ、動けない前足で一生懸命に動いて、でもトイレまでは行けないので。
リビングの空間スペースに、周りを一畳くらいのサイズのクッションを並べて、囲み、
その真ん中に、タオルタイプのベットマットを敷いて、その中で用を足してくれたらって。
ラッキーは、とても賢い子で、その意図を汲んでくれたのか、
息を引き取るまで、1回も失敗することなく、ベッドシーツの上で用を足してくれて。
クッションの上でしたらダメよとは言ってないのに、なぜかベッドシーツの上のみ。
おかげで、ワタシは、そのシーツの洗濯をするだけなので、めっちゃ助かりました。
今から思えば、倒れたのが、1人のときだったら、絶対に死んでいたので、
きっと頑張ってワタシを待っていてくれたんだなって思うと、本当にラッキーは凄いって、
頑張って待っていてくれてありがとうと、それは今でも思っています。



本当に、頭の良い子で。こんな小さい脳しかないのに、あなたより断然賢いって、
同じように育ててるのにって、しょっちゅう、息子に言っていて。笑
比べるわけではないですが、息子は感受性が強く、
小さい頃は気に入ったお医者さんしか触らせず。
それがわかってからは、ワタシも、たぶんこの先生ならってトコに行ってましたけど。
本当に、医者泣かせで。手のかかる子で。
その点、ラッキーは、逆に、どの先生でも、トリマーさんでも、おとなしくて。
待合室でも一切吠えないし、診察の時もおびえないし、注射とかも動じないし、
トリマーの方も、仕上げのリボンも1人で結べるって褒めてくれてました。
(通常は、1人が補助したりするそうです)
散歩していても、犬の散歩をしている方が、可愛いって構ってくれたり、
自転車の後ろに乗っているお子さんからも、可愛いって言ってもらえたりするほどで。
たぶん、犬を飼っている方の多くが、そう思っておられるでしょうけど。
本当に、自慢の愛犬でした。(世界一可愛くて賢いって→溺愛しすぎだと息子が呆れるほど)




脳圧をさげる薬も、キチンと飲んでくれて。
前足の麻痺のせいで、なかなか歩けないけれども、
いつの日か、また4本足で歩かせてあげたいって、ずっと願っていて。
そして、目標だった10歳を超えてからは、絶対に15歳まで生きるのよって、
呪文のように、ラッキーに言うように(とにかく長生きしてほしくて)
歩けないけれども、今となっては、楽しみが缶詰のご飯だけになったラッキーは、
休日でも構わず、早朝から早くおきてーーって、クッションをガリガリしたり(鬼。笑)
ずっとささやかだけど幸せな日々が続いていた矢先、
10月4日木曜日の夜ごはんを、初めて、いらないって拒否をしたので。
ワタシの指を使ってあげると、本当に口にチカラがないのが伝わってきて。
再び恐怖がやってきました。ラッキーは長くないのかもしれないと。。。
翌日金曜日、不安なまま、出社し。ラッキーが1人で死ぬんじゃないかと。
夕方、電話をして、帰っていた息子に聞いたら、寝てるって言うからホッとして。
土曜日も、この調子なら病院に連れていこうと決め、夜18時頃に連れていって、
点滴をしてもらい、連れて帰ろうと抱っこしたら、痙攣が起こり、また処置。
で、舌の色が薄い紫になっていたので、気になりつつも、再度連れて帰ろうと、
抱っこして会計をしていたら、ワタシの腕の中で、心臓が止まり。
本当に、急変でした。すぐに、蘇生処置をしてもらい、でも腕の中で心臓が止まったコトで、
なにがなんだかわからないけれども、ラッキーは死んだんだ、もう逢えないんだって、
そればかりが、頭の中をよぎり、息子にも来てもらい。
2人で、再度処置室に呼ばれたときは、口にチューブを繋がれながらも、
なんとか息をしてくれているラッキーの姿がありました。
そのまま2時間ほど、チューブを繋いでもらい、22時に自宅に連れて帰るコトに。
病院も23時には無人になるし、一命はとりとめたものの、
ラッキーの病気が回復せず、もう今晩が峠だというコトは、ラッキーの姿を見て悟ったので。



息子と2人で交替で、ラッキーのそばに寄り添い、仮眠をとりながら。
たぶん朝方が一番ヤバいと、なんとなく想像していた5:45に、
最後は、眠るように安らかに息を引き取りました。
一晩の間、何度か意識も戻り、起き上がろうとしてくれたりもしたので、
本当に、最後に家に連れて帰るコトができて良かったと、
蘇生してくださった先生に、今でも感謝しています。
病院の診療が始まった時間に、先生に電話を入れると。
脳に問題がある子は、10年持たないコトが多いのに、本当にラッキーは頑張りました。
一度心臓が止まったのに、意識まで回復できたコトは奇跡だし、
本当に凄い子でしたねって、言ってもらえて。
ラッキーは、10歳の病気の時から、ずっとその先生に診てもらっていて。
土曜日は、たまたま先生の出勤日で、22時までずっと診てもらえて。
何回も命を助けてもらって。そして、最後は心臓まで再び動かしてもらえたおかげで、
自宅で家族に見守られながら、息を引き取るコトができて。
本当に、幸せな子だったと思います。



そして。ワタシが長年の懸念事項だった、働いている間に急変したらどうしよう。
1人で寂しく死んでしまったらどうしよう。
不在時間が長いため、確率的には、本当にビクビクしていて。特にココ2年。
ラッキーは、そんなワタシの長年の悩みも、見事に払拭してくれて。
しかも、ワタシが多忙で土日も不在の多い11月~1月を外してくれたうえに、
3連休の初日に急変というコトで、ワタシにとっても、ラッキーの死を受けとめる時間を、
キチンとくれたコトに感謝しています。とても昨日とか今日とかから働けなかったので。
本当に、死ぬ時期まで選んでくれたんじゃないかと思うくらい、見事な最期でした。
峠まで悟らせてくれたおかげで。最後の最後まで一緒にいられて、ワタシも幸せでした。
本当は、もっともっと長く生きてほしかったけれども。
まだまだ一緒にいられると信じていたけれども。
たぶん、ワタシが思ってた以上に、ずっとずっと頑張って生きてくれていて。
彼女にとっては、昨日が限界だったんだと思います。。。それぐらい、急変でした。




息を引き取った後の亡骸は、本当に眠っているかのような穏やかな顔で。
もしかしたら起きてくるんじゃないかって思えるくらい、綺麗な寝姿で。
その表情を見ながら。ラッキーは、本当に幸せだったのかな?
1日の半分以上を1人で過ごし、帰ってきても、ちょっと待っててね、
とにかく、ちょっと待っててねと言うコトが、ワタシは多すぎて。
以前から、この子は待たされてばかりで幸せなんだろうか、ごめんねって思うコトが多く。
それでも、いつもそばにいてくれて、怒られるようなコトも一切しなくて。
本当に、ワタシには出来すぎた親孝行すぎる子でした。
晩年は、本当にツラいコトが心身ともに多くて。歩けないストレスもあっただろうし。
ラッキーのキモチがね、とっても知りたかったです。
今はまだ泣いてばかりで、前も向けないワタシですけど。
ラッキーと出逢えて、うちの子になってくれて、13年足らずの間、ずっと幸せでした。
本当に溺愛しすぎて、息子がやきもち焼くくらい愛してました。
この先も忘れるコトは絶対にないし、
ラッキーからもらったたくさんの愛を大切にしていきたいです。
本当に、今までありがとう。天国で幸せに暮らしてくれるコトを願ってるから。
ちゃんと4本足で、走り回っていられますように。。。

category: 日々のつぶやき

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